最近になって、企業間の開発競争のみならず、国家プロジェクトとして世界各国が注目し始めた量子コンピュータですが、皆さんはその歴史に日本が大きく貢献していることをご存知でしょうか?
今回は、量子コンピュータのアイディアが生まれてから現在に至るまでの歴史をお話しします。
量子コンピュータの歴史は意外と古い
量子コンピュータの概念は、ノーベル賞を受賞した天才物理学者リチャード・ファインマン博士によって1982年に提唱されました。
量子コンピュータの計算は理論上「量子ビット」で行われますが、この量子ビット実現する素子が開発されたのは1999年のことです。
当時、NECに在籍していた中村泰信氏(現東京大学教授)と蔡兆申(ツァイ・ツァオシェン)氏(現東京理科大教授)が世界で初めて、超電導回路を使った量子ビット素子の開発に成功しました。
ところが、量子ビット素子は非常にノイズに弱く、すぐに量子状態が壊れてしまうため、量子コンピュータの実用化に向けた動きは長らく停滞していました。
突然やってきたブレイクスルー
こうした状況を打開したのが、カナダのベンチャー企業D-Waveシステムズでした。
同社は2011年に「量子アニーリング方式」と呼ばれる新方式のマシンを、世界初の商用量子コンピュータとして販売し始めたのです(※冒頭の写真は最新型のD-Waveマシン)。
それは、世界各国の企業や研究機関が長年研究を進めてきた「量子ゲート方式」とは動作原理がまったく異なるものでした。
実は、この量子アニーリング方式の原理は、東京工業大学の理論物理学者である西森秀稔教授が1998年に論文として発表したものでした。
量子コンピューティングには動作原理にまだよくわかっていないことが数多くある上、D-Waveマシンは、これまで長年研究されてきた方式とも異なっていたため、当時「D-Waveマシンは本当に量子コンピュータなのか?」という疑問の声が上がっていました。
こうした声に対し2015年、検証を進めていたGoogleとNASA(米航空宇宙局)は「D-Waveマシンは1000個の変数を持つ『組み合わせ最適化問題』(※後述)を、通常のコンピュータの1億倍高速に解いた」という衝撃的な研究成果を発表し、D-Waveマシンが確かに量子コンピュータであることを実証しました。
現在では、このD-Waveマシンを導入した企業で、量子計算を様々なサービスへ応用する研究が行われています。
D-Waveマシンの応用
量子アニーリング方式を採用しているD-Waveマシンは、「組み合わせ最適化」と呼ばれる問題を解くことに特化した専用マシンです。
これは簡単に言うと、「膨大な選択肢からベストな選択肢を見つけ出す」(例えば「ある目的地へ行くにはどの経路が最短か」、「産業用ロボットをどう動かすのが最も効率的か」など)といった問題ですが、現在のコンピュータではこの問題を解く速さに限界があることが分かっています。
その速さは実用的なサービスを提供するには不十分なものですが、その限界をD-Waveマシンは超えることができると期待されています。
例えば独フォルクスワーゲンは、中国の北京市内にある約400台のタクシーのデータを利用して、D-Waveマシンを使って市内から北京空港までの最適な移動経路を計算する実験を開始しています。
国内の企業では、リクルートコミュニケーションズが広告配信における顧客の分類に、デンソーがタイでの渋滞解消やタクシー配車、緊急車両の到着時間の短縮などにD-Waveマシンを使って実証実験を行っています。
また、野村ホールディングスは、複数の投資銘柄の中から最良の組み合わせを選択し運用成績を上げる「ポートフォリオ最適化」と株価の予測にD-Waveマシンを利用する予定です。
このように最近では、量子コンピュータを様々な分野に応用する動きが加速しています。
今後、すべてのエンジニアにとって、量子力学の知識が必須となる時代が近づいているのかもしれません。